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古関裕而の息子(子供)は何人?軍歌や作曲集が気になる

 

皆さん、こんにちは^^

 

朝ドラ【エール】が2020年春から放送されていますが、原作モデルが名作曲家の古関裕而さんなんですね。

 

生涯、日本で生活していたのかというと、そうではなく、戦時中は軍隊の音楽部隊に配属されて上海や南京へ派遣されたりしてる生い立ちがあります。

 

戦争中は、軍隊に配属される事は、名誉だと思いますが日本の国のために働きながら、音楽の勉強もされていたので大変だったのではないでしょうか。

 

私だったら、兵士になるのを拒んで逃げ出していたかもしれません^^;

 

今回は、古関裕而さんの息子(子供)は何人なのかや、軍歌・作曲集などについてご紹介していきます。

 

古関裕而の息子(子供)は何人?

 

 

古関裕而さんの息子(子供)は何人なのか、気になる人も多いのではないでしょうか。

 

戦争中は、東京オリンピックマーチや甲子園の曲なども作曲されていて、作曲家としてのキャリアは輝かしいものですね。

 

イケメンなので、女性との出会いもたくさんあったと思いますが、内山金子さんという綺麗な女性と結婚し、お子様も生まれています。

 

息子(子供)の名前は、長男が古関正裕さんという方と、名前はわかりませんでしたが長女がいたようです。

 

昭和39年に開催された東京オリンピックの入場行進曲を、古関裕而さんが作曲した時に長女が、父親がとても喜んでいる姿を見たという回想記録がありました。

 

もしかしたら、お子様は他にもいたかもしれませんが、現在、判明している情報では子供は2人だという事です。

 

古関裕而の軍歌が気になる

 

 

古関裕而さんの軍歌曲が、気になる人も多いのではないでしょうか。

 

あまり、軍歌を作曲する事については、気が乗らなかったそうですが、それでもいくつもの曲を提供されています。

 

戦争中は、日本人は国のために生涯を捧げなさいという愛国精神を教育されていたので、日本政府や軍隊の言う事は絶対だったのでしょう。

 

古関裕而さんの息子(子供)も、徴兵されて戦地に赴いていたのでしょうか。

 

もし、そうであれば家族と離れ離れになっていたと思うのでかわいそうですよね><

 

古関裕而さんの軍歌は、【露営の歌・暁に祈る・海の進軍・若鷲の歌・ラバウル海軍航空隊】などの曲がありました。

 

また、軍歌にも細かいジャンルがあって軍国歌謡・戦時歌謡・銃後歌謡などがあり、生涯では100曲くらいの軍歌を作曲してきたそうです。

 

古関裕而の作曲集が気になる

 

 

古関裕而さんの作曲集をご紹介します。

 

軍歌は、戦争に行く兵士たちの士気を上げる為の曲ではなく、兵士たちの疲れを癒やすような曲調だったそうです。

 

もちろん、他のジャンルの曲もたくさん作曲されています。

 

主に、出身地の福島県を題材にした楽曲が多いようですね^^

 

レパートリーは以下のような曲がありました。

 

・福島行進曲(昭和6年)

・福島夜曲(昭和6年)

・さくらんぼ大将(昭和26年)

・福島音頭(昭和29年)

・花のスカイライン(昭和35年)

・阿武隅の歌(詳細不明)

・わらじ音頭(昭和45年)

 

そして、古関裕而さんは1964年の東京五輪の行進曲【オリンピック・マーチ】や阪神タイガースの応援歌【阪神タイガースの曲(六甲おろし)】なども有名です♪

 

古関裕而のまとめ

 

 

古関裕而の息子(子供)は、長男が古関正裕さんという方で、長女もいたようで子供は2人だと囁かれています。

 

軍歌は、生涯100曲以上の作曲集があり、東京オリンピックの曲や甲子園の曲なども手掛けられています。

 

古関裕而の息子(子供)は何人?軍歌や作曲集が気になる

 

についてまとめてみました!いかがでしたでしょうか。

 

最後まで読んでいただきまして、どうもありがとうございました!

 

また、お気軽に当ブログに遊びにきてくださいね^^

 

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